西洋音楽の世界

玉置 勝とクラシック音楽の出会い

クラシック音楽には数えきれないほど多くの楽曲があります。もちろん作曲者によっても特徴がありますし、同じ作曲者の中でも全く違うような曲調のものもあります。

 

また、1曲の中でも様々な変化を繰り返すような曲もあり、その変化を楽しむことができるというのもクラシック音楽の魅力の一つと言えるのではないかと思います。

 

玉置 勝氏はショパンが好きだという話をしていました。ショパンは悲しみや希望など様々な表現がされた楽曲があります。

 

ショパンの手掛けた作品というのは非常に数多く、代表曲としてどれか一つを絞るのは難しいかもしれません。ただ、明るい曲にしろ暗い曲にしろ、どの曲を聴いても心を打たれるというのは、それこそがショパンの楽曲の魅力と言えるのでしょう。

 

玉置 勝氏は、作業中にクラシック音楽をよく聴くということでしたが、もともとクラシック音楽を聴くのが好きということなので、本格的に聴く目的でもCDを買ったり借りたりして聴くこともあるそうです。

 

ショパンが好きではありますが、もちろん他の作曲者のものも聴いているそうで、その時に聴く曲というのは、その瞬間の心情に合わせても変えているそうです。私自身はクラシック音楽についてそこまで詳しくないので、実際にどのような曲があるのかはわかりません。

 

しかし前に教えてもらったショパンの曲はとても好きでしたし、聴いてみればきっと自分も好きな曲が数多くあるのではないかと思います。クラシック音楽というのは奥が深いものなのだと感じています。

テレビ番組などで早朝の清々しい時間帯に流れてきそうなメロディでお馴染みのクラシック音楽、ヴィヴァルディの四季。とりわけ聴衆にとって聞き覚えのあるのはその第1楽章の「春」というパートで、この部分が耳に触れるたびに、あたかも貴族が綺麗に刈り整えられた芝生に長机を置いて上品に朝食を取っているかのようなイメージが頭に浮かぶことでしょう。

 

これを手掛けた作曲者のアントニオ・ヴィヴァルディ(1678〜1741)はバロック時代末期の作曲家として知られ、幼少期より父親にバイオリンの腕をたたき込まれ、その後は聖職者となることを目指すと同時に、音楽院の指導者としても活動を続けていました。

 

その後、彼の手がけた楽曲は人気を呼び、一躍大作曲家へと成長。宗教曲から協奏曲、オペラ、室内楽曲、ソナタなどの幅広い楽曲を世に送り出しました。そんな彼が1725年に発刊した「和声と創意への試み」というバイオリン協奏曲集の中における第1集に納められているのが「春」「夏」「秋」「冬」の4曲であり、これを総じて「四季」と呼びます。まさにヴィヴァルディにとってキャリアの集大成ともいうべき時期に産み落とした作品と言えるでしょう。さわやかな風と小川のせせらぎ、鳥のさえずりを感じさせる定番の「春」のみならず、他のそれぞれの季節にもそれらにふさわしい情景の浮かぶような色調、メロディが付与されてています。

 

演奏される楽器はバイオリンの他にヴィオラ、チェロ、コントラバス、チェンバロといったもの。場面場面では楽器特有の音の響きが動物の鳴き声として用いられたりもして、コントラバスの低音が犬の鳴き声を象徴していたりと、中身を知ることによって更なる情景が浮かび上がってくることでしょう。日本ではイタリアのイ・ムジチ合奏団が演奏したことでクラシック音楽ファンのみならず一般の人でもそのメロディを知るようになり、大きなぶーむを巻き起こしたことでも知られています。

まだコンテンポラリーダンスという存在を知る前、中学生の頃、音楽の授業でラヴェルの「ボレロ」の舞台映像を見ました。それまでクラシックバレエのことは知っていたし、友人もバレエ教室に通っていたりする子が多かったのですが、特に(恥ずかしながら)自分に影響を与えるほどの感慨を持ったことがありませんでした。

 

その中学の授業で初めて不思議な白い全身タイツを着た男性が、ただ垂直に立ち、手を高く上にかざして「ボレロ」の冒頭の印象的なリズムに合わせて身体を上下させる様子を見て、周りの生徒たちは忍び笑いを漏らしていましたが、私にとっては「何だこれは!」という衝撃でした。

 

その頃すでにブレイクビーツやヒップホップなど、踊りというものの存在に興味を持ってはいたものの、クラシック音楽と踊りとが重なり合う光景はこのときが初めてで、通常の4つ打ちのリズムでなくても人は踊れるのかと、今となれば当たり前のことですが目からウロコが落ちる思いで映像を凝視していたのを覚えています。そこからコンテンポラリーダンスや現代音楽への興味も広がったように思います。

 

人がビートを感じるのは必ずしも打楽器だけではない、旋律や管楽器、弦楽器ですら打楽器になりうる、また人の身体の一部になり得る、という(自分にとっては)世紀の発見から、あらゆる音楽をどん欲に聞くようになりましたし、また音楽をベースにした様々な芸術形態―舞踊、映像、インスタレーション、パフォーマンスーへの視野が広がったように思います。恐らく「ボレロ」の中のダンサーが、普通のバレエのきらびやかな衣装でクラシックなバレエ舞踊を舞っていたら、私には響くことがなかったでしょう。

 

また「ボレロ」の持つ独特の三拍子が、不思議に人を駆り立てること、それも今私たちが耳にするようなポップではなく、静かに、でも確実に心拍数を上げて行くことを実感して以来、ラヴェルは様々なジャンルの音楽に対する許容範囲を広げてくれたように思います。今でもこの曲が流れ出すたびに、あのとき映像で見た男性ダンサーの格好をしてしまいます。音楽はものすごい力を持ってるな、といつも苦笑いしながらポーズを解きます。

クラシック音楽で有名な作曲家にラヴェルがいます。彼の特に有名な曲にボレロがあります。ボレロの曲調として、とてもゆったりとした動物が行進するような曲調としても有名です。使用する場所として、最近スポーツのフィギュアスケートで使用される事があります。曲調がゆったりとしている為、スケート演技をする上でとてもスムーズにこなせるようです。また料理番組等で使用される事も良くあります。

 

この曲は一回聞くと、とても耳に残り印象がとても強いです。そのほかにもアニメ映画などでも使用され、恐竜が行進する際の曲などに良く使用されます。ラヴェルとは、バスク地方のシブールで生まれました。生家は現在も実在しており、オランダの建築家により17世紀に建てられました。アムステルダムの運河に面しており、サンジャンドリュズの港に面して現在も建っています。彼の父は有名な発明家であり、実業家でもあったのです。彼は音楽院に在籍していた際、エミール・ペサールの影響を受けて作曲家の道を目指す事になります。

 

その後何度か作曲を繰り返し、参加した演奏会で作曲家としてデビューをする事になります。彼はローマ大賞を狙い出場を繰り返すも、大賞を採ることはできませんでした。さらに演奏会の審査員が不公平だという点が問題視された結果、ラヴェル事件に巻き込まれることとなります。この事件が引き金となり、彼の曲は盗作だと非難する者まで現れる事になります。

 

彼は作曲を続けるか辞めるかを判断させられる状況まで追い込まれてしまいます。そしてさらに彼を追い込むような事件が発生してしまうのです。それは彼が戦争に行かなくてはならないと言う現実だったのです。その状況下の中で作曲をする事はとても困難であり、彼が作曲を始めたのは戦争が終わった後の事だったのです。戦争後も作曲をしていた時に最愛の母が亡くなってしまします。

 

そして数曲は作曲するもののほとんど曲を残せないままこの世を去ることとなります。彼は困難と立ち向かいながら曲を作曲していた点でとても優秀な作曲家であったと言えます。

ボレロといえば、いまや大晦日のカウントダウンなどでもお馴染みとなったクラシック音楽として知られています。聴衆の中には何かの熱狂が遠くから徐々に接近し、いままさに目の前を通り過ぎて通り過ぎていこうとする高揚感に思わず鼓動が高鳴ってしまう人も数多くいることでしょう。作曲を手掛けたのはフランス生まれのモーリス・ラヴェル(1875〜1937)。

 

もともとバレエ音楽として作られたもので、スペインの民族舞踏の影響も強いとされています。セビリアにある酒場を舞台にひとりの踊り子が聴衆の前でウォーミングアップのようにステップを踏み、それが少しずつ熱を帯び始めて次第に動きはダイナミックになった挙句、最後には聴衆も一緒になって皆が大きなステップを踏んで大乱舞となるという場面に添えられたものでした。

 

振付を伴った初演は1928年にパリ・オペラ座で迎えられ大絶賛でもって迎えられましたが、その後は思いのほかバレエよりもオーケストラによる演奏曲としての人気が高鳴り、いまでは世界中で演奏されるナンバーへと成長していきました。この高揚感の盛り上げ方は一方ならぬものがあり、現代もなお変わらないこの威力に力を借りて作品を描く数々の映画作品も存在するほか、フィギュアスケートの演目などでもよく使用されています。曲の長さは約15分。

 

曲の構成としては終始同じリズムでふたつの主題が繰り返して織りなされていくというものです。こうして文字にすれば単調さだけが際立ちますが、実際には幾度も繰り返される主題は序盤のフルートからクラリネット、ファゴット、オーボエといった具合に少しずつ演奏楽器にグラディエーションが加えられていき、中盤からはほぼ全てのオーケストラ楽器が打ち鳴らされて更なる大合奏を盛り上げていきます。

 

楽譜上ではこれらの演奏法は最初から最後までを一つのクレッシェンドで表現されており、このペースやパワー配分をどう匙加減していくかは指揮者の采配によるところが大きいと言われています。ちなみに日本での初演は1931年、日本青年館で行われたNHK交響楽団の前身である新交響楽団による演奏。このときの指揮はニコライ・シフェルブラットでした。

ベートーヴェン(本名ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン)はドイツの作曲家で、その有名さは言うまでもないでしょう。クラシック音楽家の中でも最も偉大な作曲家の一人として位置づけられ、「楽聖」とさえ呼ばれています。

 

また、難聴に見舞われながら作曲活動を続けるなど、波乱万丈の人生を送った人物としても知られています。彼の遺した作品は数もジャンルも多彩で、「運命」などのようにクラシック音楽を代表するといっても過言ではないような曲も多数あるのですが、その一つに「月光」を上げることができるでしょう。

 

彼は全32曲のピアノソナタを作曲しているのですが、作曲した順番に番号を付けています。「月光」はピアノソナタ第14番として位置づけられている作品で、第8番「悲愴」、第23番「熱情」とともに「ベートーヴェンの三大ピアノソナタ」と呼ばれるほど有名な作品です。特に有名なのは第1楽章ですが、他に、軽快なスケルツォの第2楽章、ソナタ形式の第3楽章から構成されています。

 

「月光」の名前は実は通称で、正式には「ピアノソナタ第14番嬰ハ短調作品27の2『幻想曲風に』」といいます。実は前作にあたるピアノソナタ第 13番と一組になって一つの曲として発表されており、両者とも「幻想曲風ソナタ」という題名が書かれているのですが、この第14番の部分が特に有名になってしまったため、この事実はあまり知られていません。

 

先の通称も本人が意図したものですらなく、彼の死後に1832年にルートヴィヒ・レルシュタープが、第1楽章の印象を「ルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」と述べたことからこう呼ばれるようになりました。この曲は、ベートーヴェンが30歳の時の作品です。彼はこの曲を、当時の弟子で、また恋人でもあったイタリアの伯爵令嬢ジュリエッタ・グイチャルディに捧げるための曲として、制作しました。彼は、ジュリエッタとの恋愛について、その身分差に苦しんだと伝えられています。

どんな人でも音楽を全く聴かない人はとても少ないと思います。最近では国内外問わずあらゆる音楽が手軽に入手できるので、POPS、ロック、 HIPHOP、R&Bなどそれぞれ好みにあったジャンルの音楽を聴いていることだと思います。ただそのジャンルの中にクラシック音楽が入っている方は非常に少ないのではないのでしょうか。

 

クラシック音楽と言うと硬いイメージもあり、なかなか入っていけない、どの曲から聴いたら良いのかわからない、といった方も多いと思います。クラシック音楽を聴く上で、最初に聞いてみるべきなのはべートーヴェンです。ベートーヴェンはドイツの作曲家であり、その作品は古典派音楽の集大成でありロマン派音楽の先駆者とされています。また音楽史上極めて偉大な作曲家であり、「楽聖」とも称される。

 

こう聞くとさらに硬いイメージを持たれてしまうかもしれませんが、ベートーヴェンの楽曲にはどなたでもすでに親しまれて曲がたくさんあります。一番知られているのはいわゆる「第九」でしょう。年末になると恒例行事として日本各地で演奏されます。合唱されているのは「喜びの歌」と題され、どんな方でも耳にしたことがあるでしょう。また「第九」の他にも「運命」は非常に衝撃的な始まりで有名です。

 

小学校の音楽の授業でも紹介されるほどです。その他の代表作品は、3大ソナタと呼ばれているピアノ・ソナタの「第8番ハ短調(悲愴)」、「第14番嬰ハ短調(月光)」、「第23番ヘ短調(熱情)」があります。中でも「第14番嬰ハ短調(月光)」は非常に有名で、みなさん一度は聞いたことがある曲です。クラシックといっても非常に多彩で多様な音楽があるので、敬遠する必要は全くありません。

 

まずは聞いたことがある曲からチャレンジしてみて、同じ作曲家の作品など色々な方向に広げていけば良いと思います。またクラシックのコンサートは、他ジャンルの音楽のコンサートとは一線を画すもので非常に魅力的なものです。最初にクラシックコンサートに行ってみることで、その感動と共にクラシック音楽に対する興味もさらに沸いてくるはずです。